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壮絶な結末に涙:あまん きみこ『きつねのおきゃくさま』

久しぶりに児童書の書評を。息子の昨年度の国語の教科書に掲載されていたお話です。

■キツネの下心
お腹をすかせたキツネが抱いたひょんな下心から、ひよこやアヒル、そしてウサギとの奇妙な共同生活が始まります。メンバーが増えてくる過程で、少しずつ少しずつ変化していくキツネの心。

優しい言葉をかけてもらったことのないキツネが、ひよこの純粋な感謝の言葉によって、心の中に生まれた小さくて暖かい変化。これをくすぐったく思うキツネの反応。そして、次第に信頼に包まれていく小動物たち。

■キツネの勇敢で壮絶な最期
そんなキツネは、自分を信頼してくれている小動物たちの盾になり、勇敢で壮絶な最期を迎えます。

私はこの結末を、涙無くしては見られませんでした。今でもこう書いていて思い出すだけで、じわっと来てしまうほどです。

そんなストーリーが、軽妙な語り口でリズム良く進んでいきます。

■なぜキツネは最期に笑ったのか
キツネは「恥ずかしそうに笑って」死にます。

この笑いの意味はとても深いものがあります。キツネはなぜ笑ったのか。「自分の食事をオオカミから守ることができたから」なのか、「自分の仲間を守ることができたから」なのか。

「恥ずかしそうに」という言葉が表しているのは、おそらく後者の「自分の仲間を守ることができたから」なのでしょう。善行などしたことがなかったキツネにとって、守るために戦うことは、最高にくすぐったくて、また安心して笑ったのでしょうね。

■人生を変える存在との出会い
始めに出会ったのがヒヨコだったということも、キツネにとっては大きな意味のあることだと思います。アヒルやウサギとは違い、明らかに成体になる前のヒヨコ。キツネに対する恐れが先に立たず、純粋にキツネの優しさを受け入れ、それが結果としてキツネの人生を大きく変える存在になりました。

これがウサギやアヒルであったなら。きっとキツネの存在は警戒され、これまでと同じ刹那的な狩猟生活から抜け出すきっかけすら、また他の存在を信頼することすらできなかったのだと思います。

始めに出会う存在がいかに貴重か。人生を変える大きな存在に、適切なタイミングで出会うことができるのか、等と色々なことを考えてしまいます。

■信頼による強い絆
全くの見ず知らずの存在同士が、しっかりとした信頼の強い絆によって結ばれ、お互いの存在がかけがえのないものになっていく。捕食関係にあって命すら狙われていた関係でもあるのに、ヒヨコの抱いた純粋な感謝の気持ちから芽生えた信頼がそれを上回っていく。

捕食関係は大げさだとしても、明らかにうまくいかないと思われるような人間関係を成功させなければ行けないじょうきょうにおいて、相手への純粋な感謝の気持ちを持つことが、信頼関係につながっていく。そんな教訓もあるような気がしています。

・・・そうとも、よくある、よくあることさ。

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