東日本大震災

二回目の小学校窓拭きボランティア:親として小学校を積極的に支えていくことの意義

新年が明けました。そして半年間、ブログの更新ができないでいました。いろいろなことにチャレンジしていたためですが、その詳細はまた別途書き連ねるとして。

 

DSC_0951昨年12月に子供たちの通う小学校のPTAおやじの会メンバーとして、二回目となる校舎の窓拭き掃除に参加してきました。

 

元々は毎年この時期に実施されていた窓拭き掃除。前回はPTA会長に掛け合って、除染の意味合いを込めて6月に追加実施してもらったのが実情です。(参照:小学校の窓ふき掃除:僅かながらも放射線量低減に確実な効果を実感

 

お昼の集合時間になって昇降口に集合。前回よりも人数が増えています。素晴らしい。

 

■校舎窓の除染はほぼ完了か    
今回も放射線測定器を持参して、掃除前後での変化を測定しました。使用したカウンターはTERRA-P+です。

 

3階窓、2階窓、そして昇降口と担当したのは6月と一緒。しかし、どこの担当箇所でも、今回は掃除前後での目立った変化は見られませんでした。値としては0.08~0.15μSv/Hを表示しています。前回は明らかな差異としてカウンターの計測値に現われましたが、今回はほとんど値が動きませんでした。

 

これは何を表しているのでしょうか。

 

私が思うに、校舎窓や外壁における除染は、ほぼ完了したのではないか、ということです。

 

色々と検証が必要でしょうから、そう断定することは簡単にはできないとは思います。また、高圧洗浄機などで一層の念押しが必要となるとも思います。ただ、こうやってひとつひとつ環境を良くしていくこと、またよくなっていることを確認していくことが重要ではないかと思うのです。

 

■父親として小学校を積極的に支えていくことの意義    
放射線対応の申し入れをしたことが、私がおやじの会に入会したきっかけになりました。それからかれこれ半年。夏休みに実施した校舎内廊下のペンキ塗り、そして9月の運動会会場設営など、全てのイベントに積極的に参加してきました。ペンキ塗りと並行して実施された校庭表土除去は日程がうまく合わず参加できませんでしたが・・・

 

また、都度開催されていた飲み会にも参加し、いろいろな年代・職業の父親たち、そして先生方と交流を重ねてきたのです。

 

小学校に通う子供たちは、何も母親だけが親なのではありません。私たち父親も責任ある立場として、小学校や地域へ積極的な関与が必要であると考えます。

 

おやじの会の中核メンバーであり、メンバー皆から親しまれている方から頂いたメールに、こんな記載がありました。

 

モンスターペアレント(ツ)云々と騒がれている昨今、      
学校と家庭との意見の行き違いから生じる問題は、      
母親だけが学校行事に参加しているから意見が行き違うことだと思う。      
オヤジは仕事だけ、母親は子育てだけという感があるからだと思うんだ。

 

所詮、男と女とでは考え方も違うし、やり方も違う。      
そこで、オヤジが入って男の意見も加え、家庭と学校の関係を少しでも潤滑に進めようという考えだ。

 

私はこの考えに大いに賛同します。子供の教育に父親としてどんどん参画したい。そのためにも、地域との関係は強めていきたい。そう思いながら、窓拭き掃除の夜の酒席で、愛すべきオヤジ達と談笑したのでした。

 

今年もよろしくお願いします。

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小学校へ申し入れた内容:現実的な対応への全面協力が趣旨

これもまた順序が逆になりますが、先日のPTA会長との会談をした後に、学校とPTA宛に申入書を提出しています。自分自身の記録のためにも、事後ではありますがその要点をまとめておきたいと思います。結果として他の学校や幼稚園などの対応に何らかの参考になれば幸いです。

ポイントは、心配と思われる一連の事項の他に、保護者として全面的に協力するので一緒にやっていきたい、という意思を伝えたかったということです。現実的に取り得る対策を積み上げていくことが、目の前の子供達を被曝から守ることに直結していきますので、これは大事な要素であると自分としては思っています。

なお、実際の文章をザザッとまとめたものであり、そのものの転記ではありません。一部追記も含まれています。また私ともう一家庭の保護者の方との連名で、書面は提出しています。

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1.外部被曝に関して

1)校外学習の行き先変更について

6月にあけぼの山公園と下田の森公園を行き先にした校外学習が予定されていました。先だって5月31日から3日間にわたって実施された県による放射線量の調査において、柏市で計測対象となった公園はいずれも値が高く出ていました。

この状況下において、あけぼの山公園や下田の森公園を校外学習の場として選択するのは不適切であり、日程を変更してでも行き先を屋内へ変更することを求めました。

2)プール授業前の放射線測定のお願い

子供たちがプール前に体温を測るのと同様、プールを利用する朝の放射線量を計測した上で、利用の是非を判断するようにとお願いしました。また、この場合プールに入らせるか否かの判断は、計測された値に基づいて保護者が判断できるよう、結果をスクールメールで配信してほしいと付け加えました。

3)校庭表土除去と除去完了までの利用禁止に関するお願い

校庭についても相当量の放射性物質が降下している状況であると推測しますので、表土の除去と、除去が完了するまでの利用禁止を要望しました。

2.内部被曝に関して

4)給食に使用している食材の産地表示と放射線量測定結果開示のお願い

使用している食材の安全性を示すためにも、産地の表示と放射線量の測定結果について、献立表への表記をお願いしました。

また、給食で提供されている牛乳。実はこの申入書を書く前に、生産元であるコーシン乳業千葉工場へ妻が電話で直接の問い合わせをしてくれていました。その結果、同社で取り扱っている原乳の産地、そして安全基準について情報を取得することができました。しかし、この対応は本来学校側に行って頂きたいものであり、積極的に情報を取得頂いた上で保護者への公開をお願いしました。

(5)お弁当の持参許可と給食時の柔軟な対応のお願い

上記(4)で情報をしっかりと保護者に公開して頂いた上で、給食の一部または全部の献立を飲食するか否かについて、各家庭にて判断することを認めて頂きたいこと、そして必要だと判断した家庭が、お弁当を持参することについても認めて頂きたい、としました。

3.学校・通学環境の改善に向けた施策について

(6)環境改善に向けたPTAの取り組み実施と認可のお願い

これまでのブログでも繰り返し述べていますが、個人的にはここが一番言いたかったポイントです。

例えば校庭表土除去については、人手が必要な作業です。これを学校だけで実施するのは予算上も難しいでしょう。学校側が実施を決断した場合は、保護者として喜んで清掃・除去作業に協力したいということです。

毎年定期的に実施している窓ふきや除草作業などを実施する事も外部被曝を防ぐことに効果的な施策であることから、毎年の定期実施の時期にかかわらず、今後週末を中心に頻度を上げて実施することを要請しました。これが、実際の窓ふき掃除の前倒し実施につながっています。

(7)協力体制構築に向けた協議のお願い

そしてその上で校長先生・教頭先生をはじめとする諸先生方、PTA役員、保護者で、今後の協力体制を確認・構築する協議の場を設定することを要望しました。

保護者から一方的に文句を言ったり非難したりする場としてではなく、さらなる環境改善を目指し、前向き且つ建設的な意見交換を行った上で、実効性のある体制を構築できればと思うからです。

学校の環境改善は、何も学校側だけで行うものではありませんから

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以上が申し入れの概要です。

この書面を提出した後、校長先生からは迅速な反応を頂き、数日後には校長先生と教頭先生との面会の機会を頂きました。それはまた次の記事で、書ける範囲で書いていきたいと思います。

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自宅周囲の放射線量計測:公園と通学路の高い値が懸念

前回のエントリーと前後してしまいますが、お借りした線量計で自宅周囲の計測を実施しました。

6月18日(土)19日(日)に計測を実施しました。計測にはTERRA-P MKS-05を使用。THRESHOLDボタンを押して、0.00から計測を始め、点滅が終わった時点の値を記載しています。

測定値には地表レベルの測定が多く含まれています。地表の測定はとても難しいと聞いていますので、おそらく再計測は必要であろうと思います。ただ併せて実施した地表約100cmのポイントと比べても、地表で計測した値が高く出ていることもあり、必ずしも信憑性が薄い訳ではないと認識しています。


■公園:脅威の1.00μSv/H超
自宅マンションの隣に広がる公園。

公園はその敷地の半分が芝生、そして残り半分には遊具の設置してある構成になっています。遊具エリアの地表は、土の上に細かな砂利という感じ。一方、芝生エリアは周囲を通路が取り囲んでいるというレイアウトです。

昨年別の記事のために撮影した写真ですが、こんなイメージ。MTBが置いてあるのがその通路部分で、奥に芝生、その奥に遊具のエリアがあります。イメージつかめますでしょうか。

40D_2010_02_21_8993

計測値は下記の通りでした。

  • 公園01:0.53μSv/H 団地自治会事務所横芝生地表
  • 公園02:0.42μSv/H 芝生周囲の通路表面地表レベル
  • 公園03:0.35μSv/H 古木ベンチ上
  • 公園04:0.50μSv/H 芝生地表
  • 公園05:1.08μSv/H 芝生地表
  • 公園06:0.44μSv/H 木製ベンチ座面
  • 公園07:0.25μSv/H 遊具横排水口地表レベル
  • 公園08:0.51μSv/H 遊具横通路地表
  • 公園09:0.30μSv/H 遊具木製床表面(地上120cm)
  • 公園10:0.51μSv/H 芝生周囲の通路表面地表
  • 公園11:0.35μSv/H 遊具傍地表:土+細かい砂利
  • バス停:0..41μSv/H バス停ポール傍雨樋付近地表:アスファルト

公園は特に地表を計測しないと意味のないところであると思っています。ボールは転がる訳ですし、転んだり、寝っ転がったり、拾ったり・・・色々なアクションが地表と共にあります。

そんな芝生で脅威の1.00μSv/H超え。この値には言葉を失いました。また、周囲の通路の値が高かったのが驚きのポイント。この通路は三輪車も通りますし、子供達の自転車も通ります。ここの値が高かったことを受け、我が家では娘に自転車を買ってあげようとしていた予定を変更することにしました。

■通学路:排水溝のある歩道の除染体策が急務
次は学校方向に歩いてみることにしました。

小学校への通学路は狭い歩道で、しかもそのほとんどが排水溝の蓋の上を歩いている状態です。これまでの道路工事の積み重ねで、排水溝の蓋の形状も素材も大きさも様々。

よく言われているように、排水溝はこれまでの風雨で放射性物質が集まっている場所と考えられます。

まず往路は排水溝表面近くの計測を実施。あと、子供達が触りそうな草むらの地表付近を計測しました。

値は下記の通りです。

  • 通学路01:0.72μSv/H 排水溝蓋穴部地表:コンクリート
  • 通学路02:0.33μSv/H 排水溝金属蓋地表
  • 通学路03:0.45μSv/H 排水溝蓋穴部地表:コンクリート
  • 通学路04:0.53μSv/H 植え込み部地表:草むら
  • 通学路05:0.45μSv/H 歩道地表:アスファルト

いずれも0.30μSv/Hの閾値を超え、警報は計測のたびにずっと鳴りっぱなし。やはり排水溝の値はとても高いといえそうです。

復路は同じ道で100cm程度の高さで手持ちで計測しながら歩きました。これはちょうど娘の顔の高さに当たります。

しかしずっと0.30μSv/Hの閾値を超え、警報が鳴り止まない状態となりました。ちなみに排水溝とは関係のない一般的な歩道の上で同条件で計測したところ0.20μSv/H程度という値でしたので、排水溝の影響が見込まれます。

このような排水溝の上を歩くような歩道は、恐らく至る所にあるものと思います。特に車道から遠い側にあるので、むしろ親としてもこんな問題が起きる前はできるだけ「蓋の上を歩きなさい」と話していたくらいです。

傘を手持ちしていれば、その先端を差し込んだりしながら子供達は歩くでしょうし、これは大きな問題だと思います。排水溝の洗浄は急務と言えるでしょう。

■自宅庭:除草・芝刈りの効果あり
自宅の庭です。こちらは地表レベルでも0.30μSv/Hを超えることがありませんでした。

近い場所であるほぼ同条件の公園の高い値と比較して、同じ土と芝なのに何が違うのか。これは恐らく除草・芝刈りをしっかりと行ってきたからではないかと思っています。

原発事故後、放射性物質のことを気にし始めてから、しばらくは庭に出られない日が続いていました。しかし気温が上がり、さすがに雑草も増えてきたので、5月に除草を実施。そして今月改めて実施しました。

本当は完全に芝生を剥がして植替えたいと思っていますが、購入しようとしていた苗が在庫切れになってしまったので、今はそのままにしてあります。しかし条件が揃えば即購入して庭の大刷新を実施したいと思っています。自宅庭は安心して子供達を遊ばせてあげられる環境にしたいですから。

一方雨水口となると話は別。やはり高い値が出ました、閾値の0.30μSv/Hをあっさりと超え、完全に警報が止まらないレベルでした。

  • 自宅庭雨水口01:0.58μSv/H
  • 自宅庭雨水口02:0.54μSv/H
  • 自宅庭雨水口03:0.37μSv/H
  • 自宅庭雨水口04:0.35μSv/H

■まとめ
自宅周囲を計測してみて、やはり想定通りの計測結果になったというのが一番の実感です。

雨水口や排水溝は値が高い。そして除草した庭の方が公園よりも値が低い。という仮説は、しっかりと証明されました。

ただ、上で述べたように「本当に正しい値が計測できているのか」というご意見もあると思います。しかし、東京の勤務先で同じように計測して明らかに値が低かったことを考慮すると、やはり身の回りの値が高いことは確実なことではないかと思うのです。

特に通学路の高さや公園の高さは看過できない問題です。子供達が良く通り、遊ぶ場所である訳ですから、この部分の除染が進まないのはとてもまずい。

先日の学校の窓ふきのように、通学路においても排水溝の清掃を地域やPTAで実施できないものかと検討しなくてはいけません。

私としては被災地に行ってがれき除去などのボランティアに参加したいという気持ちもあります。しかし、自分たちの暮らすこの街の値が高いことについて、力を注ぐことの方が優先度が高いと思っています。引き続き柏市の、そして居住地域の環境改善に尽力していきたいです。

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小学校の窓ふき掃除:僅かながらも放射線量低減に確実な効果を実感

先日小学校へ提出した申し入れへの対応として、PTAによる窓ふき掃除が行われることになりました。例年実施されている掃除を、今回の為に前倒して頂きました。対応して頂いた校長先生・PTA会長には心から感謝の気持ちです。

申し入れした立場として、また申し入れの趣旨そのものが私たち保護者による積極的な環境改善を謳ったものですので、もちろん参加してきました。言葉だけではなく、行動が伴わないと。

雨の予報だった土曜日ですが、幸いにも雨は降らず。暑過ぎもせずよい天候に恵まれました。

■各教室窓ガラスを外側から清掃
朝9:40に昇降口に集合。参加したのは20名程度でした。これまで運動会や授業参観などの行事でしか来たことがなく、PTAの活動に参加したのは初めて。新参者の私を、皆さんしっかりと迎えて頂きました。申し入れをした経緯を数名の方々に説明しました。

そして各々掃除道具を携え、持ち場に移動。3階建ての校舎の窓ガラスを、上階から順次外側から掃除していく段取りです。

各教室にはベランダがあって、それが外側で連結している構造の校舎なので、外側からの掃除が比較的行いやすいのは幸いと言えるのかも知れません。

ブラスバンドが練習している教室もあり、その練習の音を聞きながら清掃作業開始。校庭ではお年寄りがゲートボールを楽しむ姿や、部活の指導の声が聞こえてきます。いい雰囲気です。

線量計をお借りしていたので、掃除の前と後を比較しながら作業に当たることにしました。

注:計測にはTERRA-P MKS-05を使用。100cm相当の高さで手持ちで計測しました。

■意外と値の低かった3階
まずは3階。教室外側のベランダで測定し0.12μSv/H。想像していたよりも低い値でした。

計測後は脇目もふらず窓掃除へ。水で濡らして表面を清掃し、ワイパーで汚れた水をかきとっていきます。

バケツの水はみるみる茶色くなっていきました。そして仕上げに桟をぞうきんで拭って完了。

掃除の後、早速同一箇所で放射線量を計測すると、0.11μSv/H。ほとんど値は変わりませんが、やや改善したかな?という程度でしょう。

なにより綺麗になった窓が気持ちよいです。教室の中がクリアに見えます。思ったより時間がかかってしまったので、2階へ。

■洗浄効果が最も表れた2階
2階はやはり3階より値が高く、同じ条件で計測したところ掃除前の値として0.20μSv/H。瞬間的には0.27μSv/Hを計測しました。私の子供達も2階が教室なので、個人的にもっとも気になっていた場所です。一階下がるだけでこんなに値が上昇するというのは結構驚きでした。

3階の清掃で要領を得たのか、手際よく掃除が終了。事後の計測で0.13μSv/H~0.15μSv/Hでした。0.05μSv/H程度の改善効果が出たことになります。これはやりがいのある計測結果でした。

■最後は昇降口
そして最後に担当したのは昇降口。最も子供達の通行の多いこの箇所は、0.18μSv/H。3箇所目なのでより手際も良く、ガラスの前にあったプランターをどかしながらてきぱきと作業を実施。

一通り終えた後に計測すると、0.15μSv/H。改善したと言って良いのではと思います。

2階・3階と担当した箇所と比べて建物の反対側なので、風向きなどの条件は違うため、単純な比較はできませんが、やはり低層階になるほど値が高くなると言えそうです。

校長先生のお話として、4月頃に校門付近の植木を剪定したとのこと。これも値低減に何らか寄与していることでしょう。

ここでタイムアップ。図書室に集合しました。ちなみに昇降口に入って、靴を脱いだ状態で計測すると0.12μSv/Hでした。

■これだけのことで確実な効果が出た
最後は図書室でお茶とお菓子を飲みながらお互いの労をねぎらい合いました。ちなみに図書室で計測すると0.15μSv/H。一階で窓を開け放ってこの状態ですから、2階、3階の教室においてはよりよい状況であると言えるでしょう。

校長先生も外を見通して、「かなり見通しが良くなりましたね」と気持ちよさそう。除染も大切ですが、なにより子供達が通う学校環境が綺麗になったことがとても嬉しい体験でした。

ただ、二ヶ月もするとまた同じくらい汚れてくるとのこと。これは二ヶ月おきくらいの周期で掃除も実施しなくてはいけないのかも知れません。喜んで参加しますよ。

私が計測してきたデータもそこでシェアをし、放射線量を下げることにも効果があるということを実感頂きました。もちろん専門的な知識があって計測した訳ではありません。もちろん計測の誤差かも知れません。そういった意味で絶対的な値も重要ですが、事前・事後で全ての箇所において値が下がったことがより意味のある事実だと思います。

学校を綺麗にすることで、除染も果たせる。一石二鳥ですし、やらない手は無いと考えます。このくらいの事であれば、放射性物質に関する保護者の意識の温度差を超えて実現できるのではないでしょうか

そして参加して得られたのがPTAとしての親同士のつながり。父親同士これからも子供達の学校生活改善に向けて活動する基盤を得ました。これも大きな収穫でした。

こういった時期だからこそ、より積極的に小学校・地域に関わっていきたいと思います。そんな気持ちを新たにしました。

(参考)測定結果まとめ

  窓ふき掃除前 窓ふき掃除後
3階教室ベランダ 0.12μSv/H 0.11μSv/H
2階教室ベランダ 0.20~0.27μSv/H 0.13~0.15μSv/H
昇降口 0.18μSv/H 0.15μSv/H

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内閣不信任決議案についての憤り

内閣不信任決議案が提出されました。個人的には、全くこの流れに納得感がありません。何をやっているのだという印象しかありません。いい加減にして頂きたい。国民に対する誠意のかけらも感じません。

 

■政局争いをさせたいが為に国会議員を選んだのではない   
国会議員の本分は政局争いではありません。立法の最高機関として、国の直面する様々な事案に対し、しかるべき調査・協議を交わし、しかるべき法案にまとめ、しかるべき審議をする。ということになると思っています。

 

政局争いはこういった流れに停滞をもたらすものです。

 

私は長らく民主党を支持し、政権交代に大きな希望を持った人間です。しかし鳩山前総理は対人と同時に失脚するかと思いきや、小沢前代表と組んで菅政権の転覆を狙っている。友愛のキーワードはどこに行ったのか。

 

それに対する野党も同じ。ヤイヤイと与党を批判するばかりで建設的ではない。与党も聞く耳を持たない。もうそんなの会議と言えますか?いい大人がよってたかって何をやっているのですか。

 

■本質的には定数も歳費も減らす必要は無いはず   
そんなことしか国会議員がしないから、すぐに定数削減や歳費見直しの議論になるのです。果たすべき議論を果たさず、決めるべき事を決めないから、そういう話しか出てこざるを得ないのです。

 

信頼されている議会であれば、国民も喜んで税金を使って下さいと言うでしょう。大体、相当な責務だと思いますよ。国民を代表して議論を交わし、決断していくのですから。現在の歳費は適切な水準だという論旨が国会議員からもっと出て良いのではないですか?

 

それに、人数を減らして本当に山積している事案へ対処できるのですか?そんなに国会議員の仕事って簡単なのですか?何をやってるんですか。

 

■有事に政局争いをすることは理解不能   
これが平和な世の中であるならまだしも、今の日本が東日本大震災後に置かれているこの状況下で政局を争うことは理解も納得もできません。

 

民主党や現政権に構造的な問題があることは事実なのでしょう。しかし、そうだとしても、長い間原子力行政を推し進めてきた自民党も批判しかしないのはなぜでしょうか。

 

推進してきたからこそ様々なノウハウを持っているのだろうと思っていましたが、それもありませんでしたしね。大連立を断る理由も全く理解できないし、不信任案だけだして揺さぶるだけというのも許せない。自民党こそエネルギー政策の素直な反省に立脚して新しい提案ができると思うのに。

 

もちろん河野太郎さんのような方もいらっしゃいます。ブログでも色々と発信なさっていますが、本当に良くお調べになっていますし、提言を欠かさない方です。なぜこのような方がもっと増えていかないのでしょうか。

 

■古き慣習を今断ち切らずしてどうするのか   
ステレオタイプ化された政治家から「ハハハ、そんなのは君、きれい事だよ。青いねえ。」なんて言われてしまうのだろうなと思います。

 

せいぜい笑えばよいのです。私たちは家族や子供たちの将来を真剣に憂い、真剣にこの国を良くしたいと思っているのです。自分の住む国の政治や信じられないなんて、最悪です。自分たちのリーダーを信用できないなんて、そんなのチームじゃありません。国会議員の皆さんはチームワークの研修でも受けに行った方がよいのではないですか?

 

今、この震災で日本の価値観が大きく見直しを迫られている今こそ、変わらずしてどうするのでしょうか。この危機を何となく乗り越えられた状態が一番危険です。「結局変わらなくても何とかなったね」ということに至ってします。これは日本の危機です。今変わらなければ本当に機会を逸してしまいます。

 

僕自身、こういう流れに一石を投じたいという思いで、議員になることを真剣に考えています。今、動き出さないと行けないと思うからです。将来に対して無責任ではいたくないですから。純粋にそういう思いです。

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放射性物質問題:学校の環境を改善するためにPTAとしてできることとは

放射性物質の対応に関して、昨夜急遽小学校のPTA会長との会談の場がセットされました。同じマンションに住む保護者の方からお声かけ頂いたもので、夕食後に学校近くのファミレスでお会いしてきました。貴重な機会を頂き感謝です。

そのときにお話しした内容から色々と思うことがあったので、以下に記したいと思います。

■公立学校の独断では動けない
国、千葉県、柏市といった行政・自治体の見解、そして文部科学省、県教育委員会、市教育委員会。これらの下に連なる末端の組織である公立小学校であるため、なかなか独自の判断では動きづらい組織であるということを、まずは改めて知りました。

これに先立って、先日校長先生名で「放射能問題に関する学校の対応について」という書面が配布されていたのですが、内容は一保護者としては本当に不十分。ただ、これは公立学校の立場としては一定の限界ギリギリの表現なのだろうなという事は理解できるものでした。

しかし、どんなに良い施策を校長先生や学校として打ち出したとしても、それが「放射性物質から子供たちを守る」というシンプルな本質に基づく判断であったとしても、「勝手なことをするな」という圧力が働くものなのでしょう。

よりよい校内環境を目指すこと、そして子供たちの安全と健康を守ることが学校だと思いますし、その意味でも校長先生がどのような考えでいらっしゃるのかを是非とも聞いてみたい。そんな機会が欲しいと切に思いました。

■行政に文句を言う前にやらなくてはいけないこと
千葉県では東葛6自治体が千葉県に申し入れた結果、今日から3日間かけて一つの市あたり3ヶ所の放射線測定をすることが決定されました。大津ヶ丘公園などの場所が、柏市でも計測の対象になっています。

(参考)
原発事故に伴う放射線量率等に関する市の考え方(2011/05/18)
県による市内の空間放射線量の測定等について(2011/05/30)

しかし、そもそも原子力発電所事故が発生してから2ヶ月が経過した時点での千葉県への申し入れでしたし、その後二週間経ってようやく「計測」が実施されるという状態です。このスピード感のなさには唖然とします。このままでは具体的な改善施策は相当先になるのだろうということが推測されます。(今後は県に頼らず独自に測定することに言及されていたのは良いポイントだと思いますが)

そんなことをしている間にも、子供たちが放射線に曝されています。数ヶ月先になって実施される(と思うしかない)施策が施されたら、それまでの期間の被曝量を取り戻せるかというと、そういうことではないのですから。

柏市は放射線量の特に高い地域として大変注目になっていますが、市の対応や広報には大いに疑問を抱いています。この対応自体は大変憂慮すべき問題であり、引き続き自治体への働きかけは継続して行かなくてはいけないと思いますが、それだけでは事の本質の解決にはならないことを認識しなくてはいけません。

■PTA・学校に何を求めていくべきか
そんな状況において、PTAという組織や会長さんに対して「市や県や国の対応がおかしい」「値を見直すべきだ」ということを発意するのは矛先が違うと思っています。あくまでもPTAとしてできる範囲は、学校とその通学区域にある訳で、それを超えることは(言いたいものの)言うべきではないでしょう。

では、学校の安全性を高めるためにどうすればよいのか。

個人的にはPTAや学校にただ放射線量の計測を求めても意味がないと思うのです。昨日も書きましたが、保護者によって危険度の意識もバラバラですし、PTAの役員の皆さんでも統一した見解がある訳ではないでしょう。それに基準値への意識もまちまちですし、議論は空中戦になるのは必至で、収束するとは到底思えません。

■放射線の値に拘泥しない現実的な対応を
では小学校の環境を改善するために、どうすべきでしょうか?

考えた末に私が至った解は「放射性物質の値に拘泥しない現実的な対応をとる」ということです。

放射線の値については本当に私も心配ですし、把握しておかなくても良いという趣旨ではありません。事の本質は一刻も早く学校の環境を改善することにあるのですから、値の議論から外れた施策が重要だと思うのです。

たとえば、「放射性物質に対する不安がある」ということは誰しもが共通する話。「放射性物質不安が少しでも改善するように、外壁や窓ガラスの掃除、除草といった活動を始めませんか?」という考えです。

それに、本来は値を計測してから除染前後の値の変化を捉えることが必要だとも思います。ただ、この問題は一刻を争う問題です。計測をどうやる、だれがどんな機械で・・・なんて悠長なことをやっている場合ではありません。

■PTAの総意形成と他校・他団体への伝播
はじめは数人の保護者だけでも構わないと思っています。やればやるほど改善するのですから。回数と頻度が大事でしょう。

そしてこの頻度を上げて、徐々に輪が広がっていくことが望ましいでしょう。「この小学校がこんな事をやっている」ということが他校のPTAや地域の自治会などとつながっていく。そして学校側が子供たちの安全を守るという本質に立った施策を打ち出すためのボトムアップの力につなげたい。同時に懸念される給食の食材の内部被曝の問題解決にも、つなげて行かなくてはいけません。

そしてそれは大きなうねりになって柏市だけではなく他の市にも波及するでしょう。県や国を動かす力に発展させたいのです。不可能な話ではないですし、誰かが動かなくてはいけないこと。

こういったときに、仕事や地域以外のネットワークを複数持っているということが大きな意味を果たすのだと思います。私にはBloomStyleがあり、発足しようとしているNPOがある。これは自信です。

■地域を支えるPTAへの父親の積極参画
こういった活動を進めるにあたって、昨夜会長さんは「平常時でも、もっともっと父親の皆さんの参画をお願いしたい」とお話ししていました。これは印象的でした。

普段はほとんど関わらないくせに、こういうときだけヤイヤイとうるさく言う、これは確かに話を受ける側としてはたまったものではないでしょうね。

私はこれまで幼稚園や学校、地域の行事に積極参画してきたのでですが、小学校のPTAだけは少々関わりが薄かったかなと自省しました。会長さんとは子供たちと幼稚園が一緒だったこともあって、私が関わってきたことについてよくご存じだったことが嬉しいポイントではありましたが、まだまだこういった話を進めるには足りませんね。今後はより一層積極的に参画していきたいと思います。

"Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country."

頑張りますよ、私は。

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人間関係の亀裂を生じさせかねない放射性物質への意識の温度差

東日本大震災の発生から2ヶ月半が経過しました。これだけの時間か経っているのに、私の気持ちに重くのしかかってくるのは、他でもない放射性物質の問題です。

この放射性物質は人の目に見えない脅威であるため、意識の温度差が本当にすさまじく、時には人間関係に亀裂を生じさせかねない状況に至っているという実感があります。

■夫婦での会話
そもそも震災発生当初は、私自身放射性物質に関して強い注意を払っていませんでした。福島第一原子力発電所との距離もありますから、放射性物質が降下する影響をとても小さく見ていたのです。

特に、発展途上国育ちの身にしてみれば、世の中もっと気になる汚染物質ばかりですし、黄砂の有害性についてのニュースも耳にして久しいし。放射性物質だけを気にしていても仕方がないという思いを持っていました。

しかし、妻は違いました。はじめの水素爆発が遭った時期から、相当な注意を放射性物質に対して向けていました。当初は私は妻の対応を、やりすぎだとさえ思っていました。茨城産や福島産、そして千葉の野菜は柏市の食生活には欠かせないものです。太平洋の近海の魚も大好きですし、妻がこれらの食材を敬遠することに関しては、正直反発を持っていたのです。

しかし、実際の降下量や線量計測値を見るに付け、これはただならぬ事態が身の回りの環境汚染になって現れている、そう感じるに至っています。そして低レベル汚染水(といわれる放射性汚染水)の太平洋への放流を行ったことも、決定的な意識変化のタイミングとなりました。

それに何より、子供たちを被曝から守りたいという妻の強い気持ちを感じたのが大きなポイントとなりました。

■妻と友人との論戦
そんな折、同じ地域に住む友人がSNSに発したつぶやきに妻がコメントを返したところ、思わぬ論戦になってしまうという事態が起きました。「東京に住む人間が放射性物質について騒ぐな」というニュアンスの表現でしたが、これに妻が妻の感じるままの表現で返したことが発端となって、その後立て続けに反論を受けたという流れでした。

帰宅すると妻に元気がないので、聞いたところ上記のやりとりに悩んでしまったというのです。その友人とは家族ぐるみでおつきあいするとても仲の良い家庭ですので、本人も相当落ち込んでいました。

このやりとり事態はほとぼりが冷めるのを待つしかないでしょう。しかし、同じ学校に子供を通わせる親同士がこのような温度差を抱えるということは、子供たちがその影響を受けるということに他なりません。我が家では3月以降今に至るまでマスクをして通わせています。周りはほとんどマスクをしている子はいないので、子供たちも相当なストレスを感じながら通っているのではないかと思います。

ここまでのことを必要ではないという見解を持つ親もいるでしょう。そのため、学校で子供同士何かあった可能性もありますが、これについては特に息子から言われていませんので、現時点ではまだ特に気にしていません。

■放射性物質に敏感な親は、バカな親?
私にもこんな事がありました。

職場のとある方の親戚が通う群馬県の自治体では、学校からマスクと防止の着用義務が通達されているそうです。こんな話を聞いた別の方が「まったくバカな親がいるから学校も・・・」と話し始めたのです。

ここで私が言葉を遮ってしまったので、その方がどんな思いで発したコメントかは定かではありません。しかし「放射性物質に関して、口うるさく言う親がいる」というニュアンスは確かなものでした。

■正しい情報があまりにも少なすぎる
両方の案件とも、その発言をした方を責めるつもりはありません。なぜなら、それを判断するに足るだけの正しい情報が、ほとんど存在しないからです。国や自治体も、これまで注意してこなかった放射性物質という脅威に対して、基準が全く定まらないということでしょう。

一方で、専門家と呼ばれる方々の見解もまちまちであり、且つわかりにくいものです。今こそ日本の学術の叡智を結集すべきなのに、2ヶ月以上経ってもはっきりしないのはなぜでしょうか?ちまたにあふれる放射線量計測器の正しい使い方や線量を計測する基準もまちまち。これではどうしようもありません。

そんな状況において、人間関係に亀裂を生じさせかねないこの問題。冒頭にも書きましたが目に見えない物質であるだけに、更にそういった性格を帯びています。

とにかく、歪曲されていない事実が包み隠さず公開され、しっかりした基準に基づいて正しく怖がる。そのような状況になることを切に望みます。

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震災で再確認した情報発信側の重大な責任

震災からあっという間に日々が経過しました。既に1ヶ月半、早いようでいて、ここまで生活に影響を及ぼしていますし、安否不明の方の数も一向に減りません。いかに大きな災害だったのかということを毎日実感せずにはいられません。こんなに重苦しい気持ちで過ごした日々が今まであったでしょうか。

そんな中で、「情報を発信する」ということに関して思うところがありましたのでまとめてみました。

■依然として安心できる水準にならない放射性物質問題
生活に最も大きな影響を及ぼしているのは、間違いなく放射性物質の問題です。野菜や水への汚染問題は、いつになったら安心できるのでしょう?

ホウレンソウに水菜、レタスにサニーレタスといった私が好きな茨城県の野菜たち。大気中に飛散している放射性物質の付着、雨によって地中に含まれていったり、川や地下水から水にも含まれている状況が進行しています。低レベル汚染水の太平洋への放出もあって、茨城は農業・漁業共に大きな痛手を受けることになりました。

放射性物質の半減期とか、問題ないレベルだということ自体は理解できる情報なのですが、依然として放射能漏れを福島第一原発が抑えられていない以上、まだまだ安心できるレベルとは捉えていません。

■千葉県の水質検査の問題
追い打ちをかけるように、千葉県の水質に問題が及びました。浄水場において基準値を超える放射性物質が含まれていたことが、採水した日より一週間後にわかったというニュースが発表されたのです。

私は放射線物質の専門家ではありませんので、どのくらい計測が大変な作業なのかについては知識がありません。おそらく試薬や検査機でさっとわかるものではないのでしょう。

しかしそんなことであるのならば、「検査には相当な時間がかかること」「どのような順序で検査をしているのか」等の情報を開示するべきでした。これをしないで危機感について疑われても、文句は言えないでしょう。

■情報を発信するということの重大な責任
今回の一連の報道やネット上で流布している情報を見て、情報を発信することの責任の大きさに改めて気づかされました。

ソーシャルメディアやインターネットが広く普及した現代は、誰も情報の発信源になり得ます。専門性の浅い人がネットでうわべだけの情報を目にし、それを更に人に拡散する。そのことで批判や不信ばかりが募っていく…こんな構図に辟易しています。

かくいう自分自身も、地震当日の夜は「阪神大震災の時は本震から3時間後に最も大きな余震があった」というまことしやかな情報に踊らされ、周囲にまで伝えていたほど。のちにこれは正しい情報ではないとわかりましたが、

特に自分に近い人がこういった状況に追い込まれて視野が狭まっていると、もの凄く疲れてしまいます。知ったかぶりであることの危険性を、今回ほど感じたことはありません。

ネットにおける様々な情報によって視野狭窄にならないためには、やっぱり自分でもしっかり幅広く勉強すること以外にないと思います。そして情報源を信頼すること。その意味でも情報発信元に課せられた責任は絶対的に大きいと思うのです。

専門的な知識のある方は責任をもって情報を発信することがいかに大切か、ということです。軽々しい気持ちで情報を発信することは、そして受け手はそれをしっかりと受領して、また判断をして行かなくてはいけない。この循環がうまく回らないと、世には不品ばかり募っていきます。

当たり前のことではありますが、立ち止まって注意しないとつい忘れてしまう。現代社会がそんな状態に陥っていると言えないでしょうか。

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実録3.11③翻弄された帰途~帰宅

■翌日7:00から運行再開の情報
地震が起きてから「当日中の運行再開は無し」と発表があった首都圏のJR各路線。明け方になって、「7:00から運行再開の予定」というニュースがTVやWebで流れました。

7:00からの再開に先立ち、次第に出発する人たちが増えてきました。私は焦りは禁物との思いのもとで、しばらく静観を続けていました。明け方からまた視聴を開始したUSTREAMでのNHKを視聴しながら、様子見です。

夜から幾度となく中継放送が成されていたJR新宿駅の映像も、再開に向けて人が集まってきたことを伝え始めました。しかし、7:00まではあれだけ中継されていた新宿駅が、逆に7:00を過ぎた後はなかなか放送されません。

でも動き始めるだろうという判断、そして帰り道に余震があって再度帰れなくなってしまうことのリスクを考え、フロアの殿軍として出発することを決めたのでした。

■事前通り再開しなかったJRの運行
こんな朝早くに会社から駅まで歩くのは初めて経験です。駅までの道すがら、商店街や民家を見渡しましたが、あれだけの揺れだったのにもかかわらずほぼ無傷で、日本の建築技術は素晴らしいと思いました。

しかし、直面したのはJR線が動いていなかったという事態でした。しかも電光表示板を見ると、7:00の運行開始予定から全く動くことができていなかったという状況であることもわかりました。

悩んでいても仕方がないため、ひとまずは品川駅を目指すことに。品川駅に到着後も状況は全く変化がなかったどころか、コンコースは人であふれかえっており、運行再開を待つ人の行列ができていたのです。

■徒歩で東京方面を目指す
仮にこの後運行が開始されても、これだけの人たちが待っている状況では身の安全すら怪しいと思った私は、東京方面を目指して歩くことにしました。山手線沿いを歩いていて、運行が再開されたら途中で駅に入ればよいという思惑でした。

こうなったら徒歩の区間を楽しもうという前向きな思いに切り替わりました。私は徒歩のスピードがかなり速いので、スイスイ、グングンと闊歩していきました。同じように徒歩で同じ方角に向かっている方も多くいらっしゃいましたが、運行していた地下鉄の駅に吸い込まれていき、歩みは更に快適になっていったのです。

歩きながらちらちらと右側の線路を確認しましたが、一向に山手線・京浜東北線共に運行が再開している気配がありません。そうこうしているうちに、銀座までやってきました。

大好きな銀座の真ん中を、こうして朝早く歩いているのはまた不思議な体験でした。震災の爪痕もあまり大きくはないようでした。ラーメンでも食べて帰りたいと思いました。美味しい醤油ラーメンが食べたいな、と。塩味に飢えていたんですね。

しかし、直感的に私は地下鉄の入り口を目指しました。お腹はすいていましたが、何かがかき立てるものがあった。すると果たして、運行再開したばかりの千代田線に乗車することができたのです。

■帰宅、そして家族との合流
その後は乗車した編成からIRとの直通運転が再開されるという幸運が続き、通常の倍以上の時間をかけて自宅の最寄り駅に到着しました。しかし、都心より震度が高かったのは明らかで、駅の施設がところどころタイルがかけたりはげ落ちたりという状況でした。

その後バスに乗って、出発から4時間で自宅に到着。本当に長い長い道のりでした。そして長い長い一日でした。ようやく家族4人で合流できたのです。この時の気持ちは、本当に表現しようのないものでした。

・・・

■震災に遭うのだという事実を知る
今まで、震災には遭わないだろうという頭でいました。阪神大震災も、その後に起きた各地での地震、そしてスマトラ地震の大津波。これらは自分の生活には無縁のものだ、仮に体験しても、生活に大きく影響を及ぼすことはないだろう、という妙な甘えがありました。

しかし、そんな甘えは完全に吹き飛びました。自分のみの周りにこういったことが怒る可能性があるのだ、ということを身体中の感覚器官で体感しました。

これから日本は復旧に向けて動き出すでしょう。しかし、原子力発電所の事故や、放射性物質の汚染、そして電力不足問題・・・もとのような生活には絶対に戻れず、新しい生活スタイルに変化していく事になるのだと思います。

これを私は今後の人生でしっかりと見いだして行かなくてはいけません。3.11が人生においてどのような意味を持つようになるのか、それを見いだす長い長い試練のスタートです。

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実録3.11②職場宿泊~夜明け

 

■夕食中に偶然通じた家族との電話
備蓄配給を受けてフロアに戻ると、社員食堂の臨時営業が始まっていました。エレベーターが使えないので、職場のメンバーで連れだって、階段でフロアを再度下がりました。

ここでも食堂に入るまでの列が大行列で、この時点であきらめる社員もちらほら。メニューも二種類固定で、始めにどう並んだかでメニューが決まり、しかも変更ができないという運営方法でした。しかも通常のプリペイドカードは使えず、現金による前払い制。

そうして得られたうどんを食べていると、不意に携帯電話が鳴りました。混み合っている回線を何とかくぐり抜け、妻からの携帯電話コールがつながったのでした。やはり声を聞けることの安心感は何とも言えないものがありました。

いつ切れるともわからない回線を必死に気持ちでつなぎながら、妻と息子と娘、それぞれとしっかり話をするこができました。娘から「パパいつ帰ってくるの?」と言われ、「今日は帰れないんだよ。ごめんね。」と謝りつつも、何とも和んだ気持ちになったものです。

■次々と明らかになる被害の大きさ
自席に戻り、Twitterで知っていたUSTREAMのNHK/TBSの放送を視聴することにしました。会社のインフラではありましたが、この際そうも言っていられません。会社からの外部サイトアクセスが混み合っているせいか、なかなかスムーズには見られなかったものの、この貴重なライブ情報源に何人か集まってきましたし、とても有効な手段でした。

しかし、津波が港を飲み込む映像が流れ始め、地震の揺れだけではない被害の大きさに絶句。世闇に燃えさかる気仙沼市の大規模な火災の映像は、見ていて本当に辛いものがありました。

■両親・弟妹・祖母の安否
我が家の無事は確認できたものの、次の懸念は両親・弟妹・祖母でした。東京で働く弟妹からメールがあり、3人の無事は確認し合うことができました。妹は長い距離を会社の人と歩いて帰宅しているとのこと。また、医師である弟はちょうどICU勤務で、「余震で人工呼吸器や挿管チューブが倒れたり外れたりしないようにしている」という連絡がありました。自らの安全を確保しつつも、患者さんの安全を確保しなくてはならない、そんな弟の姿に敬意を覚えました。

二人とメールのやりとりをしていたものの、両親と祖母の安否がまだわからないとのこと。メールもタイムリーに届かない状況であるものの、とにかく発信し続けることでいずれも時間をかけて確認することができました。従姉妹と連携して安否を確認した妹のお手柄。

ということで一通りの安否が確認され、ようやく一息つけたのでした。

■気持ちを落ち着かせるために始めたこと
一息ついてからが、長い時間の始まりでした。家族の安否は確認できたものの、やはり実際遭うまでは落ち着けないものです。中規模の余震は相変わらず続いていましたし、それに合わせて周囲の複数の携帯電話が、受信した緊急地震速報を合唱しています。

落ち着くために始めたのは、原稿を書くことでした。BloomStyleの特集記事の原稿は、何にも問題がなければ翌々日を〆切としていましたので。備蓄のカンパンを食べながら、黙々と書き続けたのでした。(結局は発刊日を延ばすことになりましたけれど)

原稿も無事に終わり、その後は仮眠をとることにしました。椅子のリクライニングを倒して、足を伸ばしながら目をつぶりました。でも蛍光灯が明るくてイマイチ寝付きが悪いので、ブルゾンを被ってあかりを避けました。

■そして迎えた夜明け
ぐっすり眠れたかというと、もちろんそうではありませんでした。4:00頃にあった大きな余震で目が覚めて、それっきり起き続けることに。

あまりのことで忘れていましたが、それから起きあがって歯を磨きに。そしてインスタントコーをつくって自席に戻りました。

すると次第に夜が明けてきました。真っ暗だった外の風景を、朝日が次第に明るく照らしていきます。家族4人が再開する一日が始まった。朝日を見ながらそう思ったのでした。

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